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静岡地方裁判所浜松支部 昭和51年(ワ)233号 判決

原告

茂木友一

ほか一名

被告

松野実男

主文

被告は、原告友一に対し金一一九万三、二六七円、原告美代子に対し金九五万三、二六七円ならびに右各金員について昭和五一年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その四を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

一  当事者が求める裁判

(一)  原告ら

「被告は原告友一に対し金八九四万七、七八八円、原告美代子に対し金八四九万七、七八八円およびこれらに対する昭和五一年四月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

(二)  被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二  当事者の主張

(一)  原告らの請求原因

(1)  原告らは茂木英博(昭和四六年三月二日生)の父母である。

(2)  (事故)

昭和五一年四月一一日午前一一時四〇分頃浜松市笠井新田町一九五番地の三地先の路上(笠井町から大島市へ通じる道路)において、英博が北から南へ横断中、東進してきた被告保有の普通乗用車(被告運転)が衝突し、そのため英博は重傷を負い翌日死亡した。

(3)  (責任)

被告は右自動車の運行供用者として右事故による亡英博および原告らの損害を賠償する義務がある。

(4)  (損害)

イ 逸失利益

英博は事故当時五歳であつて、もし事故にあわなければ一八歳から六七歳まで働いて賃金をえることができた。昭和五〇年度の賃金センサスによると男子労働者の平均年間総収入(産業計、企業規模計、学歴計)は二三七万〇、八〇〇円(月収一五万〇、二〇〇円、年間の賞与五六万八、四〇〇円)であり、昭和五一年には少くとも五パーセントは増加すると考えられるから、二四八万九、三四〇円である。そこで生活費として五〇パーセントを控除し、ホフマン式によつて中間利息を控除すると、英博の逸失利益額は二、二四三万五、一七六円となる。原告らはその二分の一ずつを相続するので、各人の分が一、一二一万七、五八八円となる。

ロ 慰藉料

英博本人の分および原告ら個有の分を合せて 七〇〇万〇、〇〇〇円

が相当である。原告らは英博の分を二分の一宛相続するので、個有の分と合せ各人 三五〇万〇、〇〇〇円

となる。

ハ 葬儀費 四〇万〇、〇〇〇円

原告友一が負担したので同人の損害となる。

ニ 弁護士費用

原告友一 八〇万〇、〇〇〇円

原告美代子 七五万〇、〇〇〇円

ホ 自賠責保険からの補填

原告らは本件事故について自賠責保険から合計一、三九三万九、六〇〇円の支払を受けたので、各人につきその半額の六九六万九、八〇〇円ずつを上記損害に充当する。

ヘ 残損害

原告友一 八九四万七、七八八円

原告美代子 八四九万七、七八八円

(5)  (請求)

そこで原告らは各自被告に対し右残損害額およびそれらについて英博死亡の日の翌日の昭和五一年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告の答弁、抗弁

(1)  原告の請求原因のうち、

(2)の原告主張の事故があつたことは認める。

(4)の損害は争う。

(2)  逸失利益の算定について

イ 賃金の額は賃金センサスの男子労働者の一八歳―一九歳の給与によるべきである。

ロ 中間利息の控除はライプニツツ式によるべきである。

ハ 英博が一八歳に達するまでの養育費を控除すべきである。

(3)  慰藉料の額は六〇〇万円をこえない額が相当である。

(4)  自賠責保険からの補填について、原告らに支払われた分のほか、被告に二七万二、〇九五円が支払われているので、それも損害に充当すべきである。

(5)  (免責の抗弁)

本件事故について、被告には過失はなく、英博に過失があつた。被告の車には構造上の欠陥、機能の障害がなかつた。したがつて被告には損害賠償の責任がない。

当時被告車の速度は時速三〇キロ以下で、被告は前方に注意して運転していた。ところが英博が被告車の進路を横断しようとして、歩車道の境の縁石をのりこえて、左右に注意することなく、急に被告車の前に飛びだしてきた。突然のことで被告は避けることができなかつた。このように本件事故は英博の一方的過失にもとづくもので、それだからこそ被告は不起訴になつた。

(6)  (過失相殺の抗弁)

かりに被告にも多少の過失があつたとしても、英博本人ないし原告ら監督義務者に前記(5)の過失があつたので、賠償額を定めるに当つて斟酌すべきである。そして両者の過失を対比すれば、英博側の過失の方がより大きい。

(そうでなければ被告が不起訴になるわけがない。)

(三)  原告らの反論

(1)  逸失利益の算定について、

被告のいうイ、初任給固定方式 ロ、ライプニツツ式による中間利息控除は、インフレが進み物価や賃金の上昇が続く経済状況からみて相当でない。ハ、の養育費も被害者本人に生じたものではないから控除すべきではない。

(2)  被告の免責の主張は争う。被告には過失があつた。すなわち、

イ 事故現場には被告車のスリツプ痕はなかつた。被告車の停車位置は衝突地点から約二八メートルへだたつた神谷という家の前である。そうすると、被告は衝突時に急ブレーキをかけていない。つまり被告は前方注視を怠つていて、事故回避措置ができなかつたのである。

ロ 右停車位置や証人岡田一男の証言からすると、被告は三〇キロ(制限速度)をこえるかなりの速度で走つていたとみられ、その点に過失がみとめられる。その他被告は道交法第一八条、第七一条を守らなかつた。

ハ 本件事故現場は交差点であるが、信号機はなく、横断歩道、歩道橋もない。したがつて被告としては横断者のあることを予想してそれにそなえる注意が要求されるのに、それを怠つていた。

(3)  被告の過失相殺の主張は争う。被害者側には過失はない。かりにあつたとしても、せいぜい割合にして一割程度のものである。

三  証拠〔略〕

理由

一  成立に争いのない甲第一号証によれば原告らの請求原因(1)の事実が認められる。

二  同(2)の事実は当事者間に争いがない。

三  右二の事実に成立に争いのない乙第二号証を加えれば、被告が事故車の運行供用者として右事故による損害の賠償義務があることが明らかである。

四  (被告の免責の主張について)

被告は、本件事故は幼児の英博が左右の安全を確かめないで道路へ飛び出したことによつておきた事故であつて、被告には過失がない、と主張する。

そして成立に争いのない乙第一号証の一ないし三に被告本人尋問の結果を加えると、次の事実がうかがわれる。すなわち、本件事故の現場は、笠井町―大島町道路が東西に走り、そこへ北西の道路が交わる交差点である。被告は笠井町―大島町道路を約三〇キロの時速(ここは三〇キロに制限されている)で東進してきて、交差点の西約三四メートルで北の道から出てきて交差点で右折するため停止している軽四輪を発見した(乙第一号証の三見取図の〈1〉の点)。被告がさらに一二・八メートル進んだとき(〈2〉点)、軽四輪が動きだすようにみえたので、進路をやや南より(センターラインより)にかえて、その軽四輪の前を通つて、約二六メートル走つたところ(〈3〉点)で、交差点の北東隅の走道の縁石の南側の地点(縁石をこえて車道へ入つた地点、〈ア〉点であつて、〈3〉点から六ないし七メートルの地点)から突然英博が道路の中央へ向つてとび出してくるのを発見した。なお〈ア〉点のすぐ北、歩道内の〈A〉点にも子供がいるのがわかつた。被告は急ブレーキでなくブレーキをふんだが、衝突した。

しかし乙第一号証の三(見取図)からすると、被告は〈2〉点あるいは〈2〉点をすぎてじきに〈ア〉点に英博がいるのを発見できたのではないかと思われる。被告本人尋問の結果によると、軽四輪が右折のため交差点内で停止していてその陰になつて〈ア〉点がみえなかつたというが、乙第一号証の三の記載と対比すると、にわかに信用しがたい。ところが被告はそこから二十数メートル走つて〈3〉点にくるまでの間、〈ア〉点の英博を発見していない。もつとも英博が〈ア〉点にいつからいたのかは、さだかでないが、被告車が〈2〉点から〈3〉点にきた。とき(その間は数秒のことにすぎない)、英博が突然〈ア〉点にあらわれたとみられる証拠もない。もし被告が〈2〉点ないしその附近で〈ア〉点の英博ともう一人〈A〉点の子供とを発見しておれば、場所柄から二人が横断することが予想されるので、警笛を鳴らして注意を促がしたり、徐行措置をとることができたであろう。そしてそれでも英博がとび出してくれば〈3〉点で急停車の措置ができたであろう。そうすれば事故を回避する余地があつたではないかと思われる。そうだとすれば被告に前方不注視の過失がなかつたとはいえない。被告本人尋問の結果によると、被告は〈3〉点でなにか赤い物体(英博は赤いセーターをきていた)が車に向つて突つこんでくるように感じたというが、それも前方注視を怠つていて英博がとび出すまえに発見できなかつたためであろう。また被告は〈3〉点で急ブレーキをかけなかつた。被告は赤い物体をこわさないようにという配慮をしたからだというが、もつと早く英博を発見していれば、そんな配慮も必要なく、急停止をしたであろう。

したがつて、被告の免責の主張は、それを認めるに足りる証拠が十分でなく、採用できない。

五  (被告の過失相殺の主張について)

上記の事実関係からすると、英博が〈ア〉点で、左右の安全を確認することなく横断したことがうかがわれる。そうすると被害者側にも過失があつたといわなければならない。

そして被告の前記過失と右の被害者側の過失とを対比すると、被告六、被害者側四の割合であると解するのが相当である。けだし、被告は軽四輪に気をうばわれてその先に注意がいきとどかなかつたし、英博は不用意なとび出しをした、そして不運にも時間的、場所的に近接していて死亡事故に至つたと思われる。

したがつて、原告らの損害のうち四割について過失相殺をすることになる。

六  (損害について)

(一)  逸失利益

英博が事故のとき五歳であつたことは争いがなく、昭和五一年の労働者の収入は昭和五〇年度の賃金センサスの額より少くとも五パーセントは増加しているものと認められる。そこで昭和五〇年賃金センサスの男子労働者の産業計、企業規模計、学歴計平均賃金額(年額二三七万〇、八〇〇円その内訳は原告の請求原因にあるとおり)に五パーセントの上積みをし(年額二四八万九、三四〇円となる)、生活費を五〇パーセント控除し、中間利息をホフマン式で控除して(係数は二七・八四五から九・八二一を減じた一八・〇二四となる)、英博の一八歳から六七歳まで(稼働期間)のうべかりし利益を算出すると二、二四三万三、九三二円となる。

しかし原告らは英博の一八歳までの養育費の支出を免れるから、それを月額二万円として中間利息をホフマン式で控除して算出すると、二三五万七、〇四〇円となるから、それを右うべかりし利益から控除する。

その残額は 二、〇〇七万六、八九二円

となり、原告らはそれを二分の一宛相続するので、一人当り

一、〇〇三万八、四四六円

となる。

被告は、計算の基礎となる収入は賃金センサスの男子労働者の一八歳―一九歳の給与によるべきであり、また中間利息の控除はライプニツツ式によるべきであるという。しかし引続き物価が上昇しインフレが進んでいく情勢(低成長ないし不況の中でも変らない)のもとでは、被告の主張は衡平の見地からみて相当でない。また原告らは養育費の控除をすべきでないというが、それも同じく衡平の点で採用できない。

(二)  慰藉料

英博の死亡による慰藉料としては本人分を四〇〇万円、原告ら各自の分を一〇〇万円、合計六〇〇万円とするのが相当である。

原告らの主張は右限度で認容される。原告ら各自三〇〇万円宛となる。

(三)  葬儀費

原告友一が四〇万円支出したことが認められる。

(四)  以上の合計は、

原告友一の分 一、三四三万八、四四六円

原告美代子の分 一、三〇三万八、四四六円

となるが、前記過失相殺として四割を減じるので、

原告友一の分 八〇六万三、〇六七円

原告美代子の分 七八二万三、〇六七円

となる。

(五)  ところで原告らは自賠責保険から一、三九三万九、六〇〇円の支払を受け、その一人分は六九六万九、八〇〇円となるので、それを控除すると、

原告友一の分残額は 一〇九万三、二六七円

原告美代子の分残額は 八五万三、二六七円

となる。

被告は他に自賠責保険から被告に二七万二、〇九五円支払われていると主張し、前出乙第二号証によると右事実が認められるが、右証拠によればそれは原告らが本訴で請求していない英博の治療費などの補償であることが認められるから、前記損害からは控除すべきではない。

(六)  弁護士費用

原告らが本訴において要した弁護士費用のうち、原告らがそれぞれにつき一〇万円ずつを本件事故と相当因果関係のある損害として認容するのが適当である。

原告らのその余の請求は理由がない。

(七)  結局原告らの請求しうる損害は(五)と(六)の合計額、つまり

原告友一 一一九万三、二六七円

原告美代子 九五万三、二六七円

となる。

七  結語

以上の次第で、原告らの請求は右(七)の金額およびそれらに対する本件事故による英博死亡の日の翌日である昭和五一年四月一三日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり認容される。原告らのその余の請求は失当として棄却される。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。仮執行の宣言は必要がないと思われるので、これを付さない。

(裁判官 水上東作)

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